台湾におけるリノベーションスポットの在り方

 

春川 凜

中村 未衣

鈴木 寧々

 

1. はじめに

 台湾のリノベーションスポットは、いまや一大観光地である。しかし、旅行ガイドブックでもウェブ上でも一般的な情報が掲載されているのみである。

 そこで、本レポートではそもそもリノベーションスポットとはどのような場所であるのか、施設に共通する事柄はあるのかという観点から、著名な4か所に絞り、店舗やアトラクションについての共通点をさぐった。

 

2. リノベーションスポットとは

2-1 リノベーションスポットの前提

 台湾では歴史的建造物を改築し、芸術スポット・イベントエリア・観光スポットとして新たによみがえらせる文創園区が注目されている。日本統治時代をはじめとする集合住宅、港や工場の倉庫群などの、こうした‟文化創意産業(文化クリエイティブ産業)”がみられるようになったのは、2002年に行政院が「発展文化創意産業計画」を発表したことが発端である。また、こうした動きは世界各地でも見られるものである(赤松・若松, 2022)。具体的な動きとして、日本統治時代から残され続けている建物の改築に伴い、トレンドをけん引する場所へと発展させることで、新たなリノベーションスポットとして観光客を含むさまざまな人々にとっての「歴史的学習・娯楽」の施設が生み出されている。

 その中でも、多くの旅行用雑誌でも取り上げられている4か所のリノベーションスポットを調査対象とする(表1)。

 

【表1】4ヶ所のリノベーション施設について

 

設立年[1]

現地点

元の建物

特徴

崋山1914文創園区

2007

中正区

酒造場

煙突

松山文創園区

2011

信義区

煙草工場

市定史跡

西門紅楼

2007

万華区

市場

六角堂

四四南村

2003

信義区

軍人村

博物館

パンフレットを基に筆者作成

2-2 現地の学生にとっての台北リノベーションスポット

 現地の学生2名にリノベーションスポットに関する簡単な聞き取りをしたところ、「台北市内のリノベーションスポットへは友人と月に1回程度遊びに行く」と話していた。また、リノベーションスポットに対する印象については、「外は古そうに見えるが中は綺麗な感じがする」と答えた。実際に建物自体は古いものを利用しているため、外観からは歴史を感じることができる。一方、内装は訪れる人々が快適に過ごせるように現代的に造り替えられている部分もある。このような工夫を凝らすことで、リノベーションスポットは台湾の人々にとって身近な存在となり、観光客が足を運ぶ場となっている。

 

3.リノベーションスポットの7つの共通点

 以下、台湾のリノベーションスポットにおける7つの共通点を順に説明する。

①カフェ

②雑貨

③劇場

④イベントスペース

⑤ポップアップ

⑥歴史表示

⑦スタンプラリー

3-① カフェ

 リノベーションスポットには、カフェスペースやドリンクスタンドが設けられている(画像1~6)。コーヒーや紅茶、アルコールをはじめとする飲み物に加え、ケーキやベーグルなどの軽食を販売する店も多くある。常設されている店舗の数は4箇所さまざまであったが、チェーン店が“リノベカフェ“として常設されている例も見られる。松山文創園区の敷地内では、台湾のコーヒーチェーン店である「cama café」が、かつてのたばこ工場「松山菸草工廠」の鍋爐房(ボイラー室)をリノベーションし、「CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青」を2022年8月5日にオープンしている(画像7)[2]。また、いくつかのカフェは雑貨店や書店と併設しており、飲食を楽しむスペースであることに加え、その場で雑貨を選んだり、本を読んだりすることができる空間になっている。

画像:華山1914文創園区のカフェ

画像2:ドリンクスタンド

画像3:松山文創園区のカフェ

画像4:松山文創園区のカフェ

画像5:四四南村のカフェ

画像6:西門紅楼のドリンクスタンド

画像7:CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青

 

3-② 雑貨

 施設の中には平均して9店舗の生活雑貨屋が常設されている[3]。松山文創園区は8店舗、華山文創園区は12店舗、西門紅楼は16店舗[4]、四四南村は2店舗である。

華山文創園区の入り口のすぐ左側に位置する「未来市」では、台湾屈指のデザイナーや職人が作った生活用品やアート作品、食品、インテリア、化粧品などが33のブースで販売されている。

 松山文創園区の敷地とは、大型ショッピングビル「誠品生活松菸店」が隣接しており、書籍に加えメイドイン台湾(MIT)の商品を扱う各種ショップと、誠品独自の商品を展開する2つのコーナーがある。

 西門紅楼の「十字楼」と呼ばれる建物内には、台湾の若手デザイナー達が創作するMIT商品のショップが立ち並ぶ。「16工房」という名称であるが、現在では16以上のショップが立ち並ぶ。

 四四南村の「好、丘」はカフェと併設しており、自然派食品やコスメ、食器など珍しいお土産も多く陳列されている。

 以上のように、それぞれのリノベーションスポットは、店のコンセプトもそれぞれ異なり、多種多様なMIT商品、雑貨が陳列されている。しかし、店舗や商品の中にはいくつか共通するものもみられる。共通点は以下の3点である。

  a. 知音分創(Wooderful life)の店舗

  b. ドリンクホルダー

  c. 台湾ビールグラス

 

a. 知音分創(Wooderful life)の店舗

 知音文創(Jean Cultural & Creative Co..Ltd.)は、40年以上の歴史を持つ台湾の企業であり、Wooderful lifeは知音文創の系列ブランドの1つである[5]。“Wooderful life”には、木(Wood)の素晴らしさ(Wonderful)に触れる日常への思いが込められている。店内には自社設計の木製のおもちゃを中心に、温かみのある音色のオルゴールや文具などが並ぶ。子供が遊べるプレイエリアのほか、商品の木製パーツを自由に組み合わせて、購入者がオリジナルの作品を作ることができるDIYコーナーもある[6]

 華山1914文創園区と西門紅楼にはWooderful lifeの店舗が常設されている(画像8, 9)。店舗はないが、松山文創園区と四四南村にも木のおもちゃが陳列されている。知音文創Wooderful lifeは、台湾のリノベーションスポットで頻繁に取り扱われる傾向がある。

画像8:華山1914文創園区のWoorerful life

画像9:西門紅楼

 

b. ドリンクホルダー

 4箇所のリノベーションスポット全てでドリンクホルダーが売られている。

画像10:華山1914

画像11:松山文創園区

画像12:四四南村

画像13:西門紅楼

 

 台湾では、2018年からドリンクスタンドの袋提供が廃止になった[7]。そのため、何度も繰り返し使用でき、環境に優しいドリンクホルダー(ドリンク用エコバック)が一般的になった。フィールドワーク期間中も、街中でドリンクホルダーを持ち歩いている人を多く見かけた(画像10,11)。こうしたドリンクホルダーは、リノベーションスポットでは個性的なものを購入することができる。

画像10,11:ドリンクホルダーを使用する様子

 

c. 台湾ビールグラス

 また、台湾ビールグラスも4箇所のリノベーションスポット全ての雑貨店で売られている。このグラスは一杯143mlであり、600mlの台湾瓶ビール一本を少しずつ注ぐことで6杯分取れる大きさである。1940年代に戦争によって酒類の供給が減少した際、公売局が戦時下の飲酒量を調整するためにビールのサイズを縮小し、143mlのグラスを制作したことから主流となった[8]。現在では、豊富なデザインが存在し、高い確率でリノベーションスポットでの購入が可能である。

画像12〜15:台湾ビールグラス

 

3-③ 劇場

 崋山1914文創園区には映画館が併設されている(画像16)。また、松山文創園区では週末などのイベント時のみに設置される仮設舞台があり、その都度テーマに沿った出し物が披露されている(画像17~19)。

 四四南村における劇場も同様であり、舞台自体は常に設置されているが、常時何かが上演されているわけではなく、イベントに合わせて利用されている(画像20,21)。たとえば2月18日には、併設されたブックカフェにて、書籍に関するトークショーが行われていた。

 西門紅楼2階部分の劇場には実際に立ち入ることが出来なかった(画像22)。しかしホームページによると、映画・ライブ・演劇などが行われていると記載されている[9]。また、イベント時に使用される仮設舞台も設置されている(画像23)。

 リノベーションスポットにおける劇場の役割は、台湾全体として発展を目指している文化創意事業の動きに基づくものと、娯楽目的であることが挙げられる。なお、リノベーションスポットで映画・トークショー・演劇などが行われている別の理由としては、台湾政府が推進している“文化創意産業”の発展項目にこれらが含まれているからだ。

 

画像16:崋山1914文創園区の映画

画像17:松山文創園区の舞台 

画像18:設立中の仮設舞台 

画像19:週末イベント用ステージ

画像20:四四南村の小劇場の宣伝

画像21:舞台

画像22:西門紅楼 二階劇場

画像23:仮設ステージ

 

3-④ イベントスペース

 本項で述べる“イベントスペース”とは、イベントを行うことができる広々とした場所を指す。我々が訪れた4ヶ所のリノベーションスポットにはそれぞれ、建物と建物の間に広がるひらけた場所や通路、大きな倉庫などがあり、それらの場所で休日になるとさまざまな店がでる。フィールドワーク5日目の2月19日、華山1914文創園区の芝生の広場では「世界母語日」のイベントが開催されていた(画像24,25)。イベントスペースにはいくつものテントがはられ、フリーマーケットがひらかれていた。ステージをはじめ、その他のスペースでは出し物や大道芸などの見せ物が行われていた。上述した言語イベントのように、公的な催し物の開催場所としてリノベーションスポットが利用され、“PRする場”になっている。

 

画像24, 25:崋山1914文創園区母語イベントの様子


3-⑤ ポップアップイベント

  4つのリノベーションスポットではさまざまなポップアップイベントが行われており、日本のキャラクターのものも多く開催されている。松山文創園区では、『ちいかわ』やイラストレーターであるKEIGOのイラスト、『ジョジョの奇妙な冒険』、『mofusand』、華山1914文創園区では、『SPY-FAMILY』や『すみっコぐらし』、『ゲゲゲの鬼太郎』などのポップアップイベントが行われていた(画像26)。日本のアニメやキャラクターが、台湾でいかに好まれているかが分かる。

 他にも松山文創園区では、ミッフィーや韓国のオンラインゲームである『メイプルストーリー』のポップアップイベント、台湾のイラストレーターとコラボした期間限定カフェ、『愛情有(無)進展』という期間限定イベントなどが開催されていた。華山1914文創園区では、『The Butters』や『ESTHER BUNNY』、『BABY SHARK』、『MICKEY THE TRUE ORIGINAL EXHIBITION』 などのポップアップイベントが開催されていた(画像27)。そして、西門紅楼では、台湾のイラストレーターによる期間限定の展示会が開催されており(画像28)、四四南村では、『臺北有農』という台北市の農業に関するポップアップイベントが行われていた(画像29)。

 松山文創園区や華山文創園区のように敷地が広いリノベーションスポットでは、1か所で多くの種類のポップアップイベントが行われる。また、アニメやキャラクターだけでなく、農業関連やイラストレーターによるものなど、イベントの内容もさまざまである。

 日本において、こういったポップアップイベントは、ショッピングモールや美術館で行われることが多い。それに対し、台湾ではリノベーションスポットがそれらを行う場所として利用されている。リノベーションスポットは、台湾国内のポップカルチャーを含んだ文化を伝えるとともに、海外のポップカルチャーを伝える場所となっている。

画像26:松山文創園区のポップアップ

画像27:華山文創園区

画像28:西門紅楼

画像29:四四南村の台北農業のポップアップ

 

3-⑥ 歴史展示

 華山1914文創園区の歴史展示は、壁の一角が歴史の説明を含むアートのようものになっている(画像30)。松山文創園区では、部屋のひとつが昔と今の写真を用いた歴史展示の部屋になっており、展示の仕方にもデザインのこだわりを感じられる(画像31)。また、華山1914文創園区、松山文創園区はどちらも施設内のいたるところに歴史の説明書きが添えられており、当時の生活で使用されていたものがそのまま残されている。西門紅楼では、入口から入ってすぐにある八角柱のまわりに過去の写真などが展示されており、年代を遡って歴史を知ることができるようになっている(画像32)。四四南村は、敷地内の建物1つが文化博物館となっている(画像33)。

 そして、それぞれの歴史展示には英語による説明書きほとんどなかったため、これらの展示は主に台湾に住む人々に向けた展示であることが分かる。

 

画像30:華山1914文創園区の歴史展示 

画像31:松山文創園区の歴史展示

 

画像32:松山文創園区の歴史の説明書き

画像33:四四南村の文化博物館

 

3-⑦ スタンプ

 日本統治下の台湾では1930年代になると観光、見学、参拝などの記念としてスタンプが押されるというトレンドが高まり始めた(陳,2020)。その名残で、台湾のいたるところでスタンプが親しまれている。

 調査したリノベーションスポットでも、必ずその名所の名前入りのスタンプが置かれており、そこを訪れた観光客がスタンプを押すことができる。

 いずれのスタンプにもその建物の形が反映されている。たとえば西門紅楼のものは、特徴的な八角堂の建築を斜め上からとらえたものである(画像34)。華山1914文創園区のものは、シンボルである煙突が際立っている(画像35)。

 

 

画像34:西門紅楼の八角堂スタンプ

画像35:崋山1914文創園区のスタンプ

 

3-⑧ その他の共通点

 全てのリノベーションスポットには当てはまらなかったが、華山1914文創園区と松山文創園区、四四南村の3か所にはそれぞれ本を取り扱う場所がある。華山1914文創園区には書店、松山文創園区には図書館が設置されている(画像36)。この図書館は、以前の大浴場が改装されたものであり、タイル張りの空間など当時の記憶が残されている[10]。四四南村には、ドリンクを購入すると、そこにある本を席で試し読みすることができるブックカフェ形式の書店がある(画像37)。

 華山1914文創園区と松山文創園区、西門紅楼には、服やアクセサリーを取り扱う店舗もある。

 

画像36:松山文創園区の図書館

画像37:四四南村の書店

 

4.リノベーションスポットにみる今後の課題

 台湾と日本の間に立ち、人と場を観光・旅行・アートなどを通して繋いでいく活動をするChad Liuさんは「リノベ施設をただの商業施設にしてしまうのではなく、場所としての記憶が無くならないようにしてほしい。物語、ストーリーと共に建物の記憶ごときちんと伝えていくこと!」と今後の台湾におけるリノベーションスポットの課題を示している[11]

 この意見と同様のものは、インターネット上でも見受けられる。「ものを残せば歴史が残ります。ものを壊してしまうと歴史が残りません[12]。」しかしながらその一方で、「朽ちかけた家を再建し、カフェやギャラリーにするためには日本円にして1億から2憶円かかります。お金が必要です。」との声もある。このようにコストに関しても懸念されており、歴史を新たな形で伝えていく取り組みは決して単純ではないことが分かる。

 

5.結論

 以上のように、台湾におけるリノベーションスポットにおいて大きく以下7つの共通点が存在することが分かる。

①カフェ

②雑貨

③劇場

④イベントスペース

⑤ポップアップ

⑥歴史表示

⑦スタンプラリー

 

 7つの共通点から、台湾のリノベーションスポットは多くの人々がスーパーやコンビニのように日常的に利用することに加え、台湾の文化や産業、歴史を伝える場所としての役割を担っているといえる。

 冒頭でも述べたように、台湾政府が国の発展に向けた計画として、“文化創意”いわゆる“文創”に力を注ぐ体制をとり始めた。その結果、21世紀初頭頃から台湾各地での“文化創意産業”の確立と広がりの動きがみられるようになった。

 その中で、日本統治時代から残され続けている建物の改修に伴った新たなリノベーションスポットとして、観光客を含むさまざまな人々にとっての「歴史的学習・娯楽」の施設が生み出されている。今では観光地として名の知れたリノベーションスポットがいくつも存在するが、それらは単なる「歴史的学習・娯楽」の施設ではない。台湾において、リノベーションスポットとは“ワンストップ・ショッピング”が可能な施設であり、”文化創意産業”に大きく貢献している。

 ただし、調査を通して、リノベーション施設で食事やショッピング、イベントを楽しむ人々に比べ、施設に関する歴史展示やパンフレットに興味を示して足を止める人が少ないことに気がついた。このような現状では、建物のもとの姿が忘れ去られると同時に古い建物をリノベーションした本来の意味も忘れ去られてしまう可能性も否定できない。今後は、リノベーションスポットを通して歴史的記憶を後世に伝えていく努力が必要になるのではなかろう。

 

参考資料

赤松 美和子 2022『台湾を知るための72章』明石書店

陳 柔縉 2020『台湾博覧会1935スタンプコレクション』東京堂出版

 

※各リノベーションスポットのパンフレットも参考にしている

 

[1] リノベーション施設として開放された年を指す

[2] 【CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青】松山文創園區の古蹟をリノベーションしたカフェ | 台湾の風 2023年5月7日閲覧

[3] 3-2-5で示す、期間限定の生活雑貨店舗は除く。

[4] 「16工房」という名前であるが、調査時は16以上のショップが入店している。

[5]知音文創 Jeancard|文具禮品、生活家居 2023年5月7日閲覧

[6]【台湾】台北観光の新定番!おしゃれなリノベスポットをぐるり|るるぶ&more. 2023年5月7日閲覧

[7] 台湾のレジ袋削減政策、来年1月から拡大 台湾名物のドリンクスタンドも対象に - 台北経済新聞 2023年5月7日閲覧

[8] 台湾ビールグラスのサイズが一杯143mlの理由 : メイフェの幸せ&美味しいいっぱい~in 台湾 2023年5月7日閲覧

[9] 西門紅楼 シーメンレッドハウス | The Red House 2023年5月7日閲覧

[10] Not Just Library / J.C. Architecture + Motif Planning & Design
Not Just Library / J.C. Architecture + Motif Planning & Design | ArchDaily)2023年6月10日閲覧

[11] 「注目の台湾!台北のリノベーション事情を現地で探る」小倉ちあき(https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_00742/)2023年2月24日閲覧

[12] Yahoo!ニュース「台湾情勢理解に見るべき台北の日本家屋が刻んだ歴史」青山佾 (https://news.yahoo.co.jp/articles/3c47fbb9fbe2c6c740c72fe28e5c9830ba046926/images/002) 2023年7月2日閲覧